「みえちゃん、あなたが上なんやから、しっかりせないかんよ。足、戻して。」

「どこにおるん。はよう、はよ、きて。なにしよん。痛い。痛い。何とかして。」

「みえちゃんでは役にたたんわ。看護婦さんよんで。」

「ちょっと。口がくさいわ。にんにくくさい。気を付けて。」

お母さん、にんにくなんか食べてないよ。

さっき、お母さんがコーラを飲みたい。いうて、一緒にみえちゃんも飲みなさい。いうたけん、一緒に一口コーラ飲んだだけやん。

何でそんなこと言うん。

最後まで、私はどなんしたらええかわからん。

私が泣いてたら、お母さんが

「ごめん。ごめん。余計なこというたね。ごめんよ、みえちゃん。」

いうてくれたけと、涙がポロポロとまらんのよ。

でも、さっき笑ってお母さんの前に行ったらお母さんも笑ってくれて、また、涙がポロポロとまらんの。

聞きたいことや、言いたいことは山ほどあるのに、言葉になってでてこんの。

これが、最後で、今は確かに生きとるお母さんが目の前におるのに、何もできんの。

なんや。これ。

どなんしたらええか、わからん。

実家にて

今、実家。

妹と、お母さんを最期まで看る覚悟を決める。

お母さんはまだ病院。

そして、きっと最後まで病院。

二重扉の個室クリーンルームから、看護師詰め所の横の大部屋にお引っ越ししたのが、昨日。何かあったらすぐ駆けつけられるからとの理由で。

そして今日はまた個室へお引っ越ししたそうな。

たぶん、あんまり痛くてその声がみんなに迷惑かかると思ったのかな。

今日は妹がつきっきりだ。

私は、実家にとまって、犬のくうた君のお世話をする。

明日の朝、病院にいって妹と交代。

まさか、泊まると思ってなかったから、何も持ってきてないけど、なんとかなるもんだ。

化粧水もないので、勝手に引き出しをあけて借りる。

お母さんの匂いだ。

服もないので、お母さんの服をかりる。

そういや、これ、あの時、お母さん着てたな。

むかしむかし、私が子供だった頃、この家でいろんなことがあったのを思いだす。

不思議やね。

歯磨きがどこにあるかとか、洗剤がどこにあるかとか、どのスポンジを使ったらいいのか、全部昔と変わらず、わかるんよ。

お父さんの仏壇に手を合わせてお父さんに聞いてみた。

お母さんを連れて行くん?

今まで主が一人だった仏壇が、二人になったとしたら、私はとても悲しい気がする。

それが自分の両親だとしたら、とても悲しいと思う。

まさかほんまにこんな時がくるなんて。

お父さんの時もそうやったけど、私は最後まで、奇跡が起こるんじゃないかと思ってる。

実感が湧かないけど、刻一刻とその時は近づいているんだろうけど。

明日から学校は休もうと思います。

最期ぐらい、お母さんのそばにいてあげられた子供でありたいと思います。

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